夜の台所で揺れが消えた理由

生活の道具

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夜、台所の灯りを消して、リビングへ戻る。
手元には、淹れたてのコーヒーが入ったカップ。

盆の上に載せて運ぶ。
以前はこの途中で、指先に小さな迷いが挟まっていた。

カップの位置が中心にあるか、確かめる。
歩くたびに揺れる水面を、視線で追う。
こぼさないよう、歩幅をほんの少しだけ狭める。

その一拍が、毎晩の動作を長くしていた。

縁が立っている理由

東屋の盆は、縁が僅かに立ち上がっている。
この縁が、載せたカップの位置を定める。

真鍮の重さが、手のひらを通して下へ引く。
盆自体が、空中で揺れない。

カップを置く。
それだけで、器が盆の一部になったように固定される。

指先で位置を直す動作が、消えていた。

歩幅が変わらない

盆を持って、リビングへ向かう。
廊下を歩く速度が、手ぶらの時と変わらない。

水面を気にしない。
こぼれる予感に、身体を固くしない。

視線は進む先だけを見ている。
意識が手元へ戻らない。

盆の重さが、液体の揺れを抑えている。
歩幅を調整する必要が、どこにもなかった。

毎晩の動線が短くなる

台所からリビングまで。
その間の判断が、ひとつ減った。

盆を持つ。
載せる。
歩く。

確認が挟まらない。
迷いが戻ってこない。

真鍮の盆が、テーブルの上で静かに光を反射している。
次の夜まで、そこで静止しています。


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