男旅2025 第二章 ~in広島・山口~ | 弥山23,118歩が教えてくれたこと

旅のしおり

旅は、予定を詰めないほうがいい——はずだった

「今回はゆっくり行こう」

そう決めていたはずだった。スケジュールを詰め込まず、流れに任せて、ふらりと歩く。それが大人の旅だと思っていた。

でも、気づけば初日15,523歩。2日目は23,118歩。最終日も17,009歩。

3日間で55,650歩。東京ドーム約12周分を歩いていた計算になる。

「ゆっくり」とは何だったのか。笑ってしまうけれど、不思議と疲労感よりも充足感のほうが大きかった。2025年11月12日から14日、広島・山口を巡った3日間。その記録を、少しだけ残しておきたい。


岩国の驚き ——戦闘機と白蛇と、非日常の入口

羽田を発ったのは朝8時過ぎ。窓の外に富士山が見えた。いつもの出張ではない。今日から3日間、仕事のことは考えなくていい。

岩国空港に降り立って最初に驚いたのは、滑走路のすぐ脇に停まっている戦闘機だった。

民間と軍用が共用している空港なのだと、頭ではわかっていた。でも実際に目にすると、その迫力はまったく別物だった。灰色の機体。鋭角のフォルム。ここは日常の延長線上ではない——そう直感させる、非日常の入口。

空港からバスで市街地へ向かい、昼食は「割烹 福源」へ。海鮮が評判のお店で、僕らは刺身定食や海鮮丼を注文した。どれも新鮮で、昼から軽くお酒も飲んだ。気分のままに選ぶのも大人旅の楽しさだと思う。

そして、岩国白蛇神社

白蛇は金運の象徴とされているらしい。小さな神社だったが、境内は静かで、心が落ち着いた。賽銭箱の前で手を合わせながら、「欲を出さず、ただ感謝を」と心の中で呟いた。

山口旅行はここまで。宮島へ向かうフェリーの時刻が迫っていた。


宮島の祈り ——夜の静けさと、御祈祷の重み

宮島口からフェリーに乗り、わずか10分ほどで宮島に到着。観光地らしい賑わいはあるけれど、本当に空気が変わったと感じたのは、厳島神社の境内に足を踏み入れた瞬間だった。

厳島神社での御祈祷は、今回の旅で最も印象に残った体験のひとつだった。

正式参拝を申し込み、本殿へ。対応してくださったのは神職の男性お二人で、祝詞が朱色の回廊に静かに響いた。「ここに来てよかった」と思えた。

御祈祷が終わり、島内を少し散策してから宿へ。

今夜の宿はリブマックスリゾート安芸宮島。温泉があり、夕食はビュッフェ形式。特別豪華というわけではないが、1日15,000歩以上歩いた身体には、温泉と食事がありがたかった。

夜、もう一度島内を歩いた。観光客が減り、静まり返った宮島。ライトアップされた五重塔。遠くに見える大鳥居のシルエット。

昼間とはまったく違う顔を見せる宮島に、少しだけ特別な時間をもらった気がした。


弥山の挑戦 ——23,118歩が教えてくれたこと

2日目の朝、宮島は干潮だった。

普段は海に浮かぶ厳島神社の大鳥居が、この日は歩いて行ける距離にあった。砂地に足を踏み入れると、少しぬかるんでいて、潮の香りが鼻をくすぐる。

大鳥居の真下まで歩く。

見上げると、その大きさに圧倒された。朱色の柱。重厚な梁。写真で見るのと、実際に触れられる距離で見るのとでは、まったく違う。

観光客が次々と記念撮影をしている。私もスマホを構えたが、結局シャッターを切らずにただ見上げていた。この光景は、写真ではなく記憶に残しておきたいと思った。

干潮の時間は限られている。そろそろ潮が満ちてくる。名残惜しさを感じながら、砂地を後にした。

そして、この日のもうひとつのハイライト——弥山(みせん)へ。

標高535メートル。宮島の最高峰であり、空海が修行したとされる霊山。

「せっかく来たなら、登ろう」

そう決めて、ロープウェイで途中まで上がり、そこから徒歩で山頂を目指した。

登山道は、思っていたよりも険しかった。岩がゴロゴロしていて、足元に気をつけないと危ない。息が上がる。汗が流れる。

でも、不思議と苦しくなかった。

途中、「弥山本堂」や「霊火堂」に立ち寄った。霊火堂には、1200年以上消えずに燃え続けている「消えずの火」があるという。その炎を見ていると、自分の悩みや疲れなんて、ちっぽけに思えた。

そして、山頂。

瀬戸内海の島々が、パノラマのように広がっていた。

風が強く、肌寒かったけれど、その景色を前にすると言葉を失った。ここまで登ってきてよかった、と心から思えた。

下山後、スマホの歩数計を見て驚いた。

23,118歩。

普段の倍以上歩いていた。ふくらはぎがパンパンで、階段を降りるたびに「あ、これはまずい」と思った。

「あの時、あれがあれば…」

後日、自宅でふくらはぎ用のマッサージャーを使いながら、弥山の下山後の重い脚を思い出した。旅先に持っていけるような軽量タイプがあれば、夜の宿でケアできたかもしれない。

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広島の夜と平和 ——「軽さ」と「重さ」の同居

2日目の夜は、広島市内へ移動。

お好み村で「あとむ」というお店に入り、広島焼きを堪能した。鉄板の上でジュウジュウと焼かれるキャベツと麺。ソースの香り。ビールが進む。

その後、エキニシ(広島駅西側の飲み屋街)へ。雑多で活気のある路地を歩きながら、2階にある創作料理のお店に入った。店名は思い出せないけれど、どの料理も丁寧で、旅の夜にちょうどいい落ち着きがあった。

最終日。

広島平和記念資料館を訪れた。

ここは、何度来ても言葉を失う場所だろう。展示されている遺品。写真。証言。すべてが重い。

でも、その「重さ」を受け止めることが、この場所に来た意味なのだと思う。

資料館を出て、平和記念公園を歩いた。朝の光が差し込む公園は、静かで穏やかだった。原爆ドームを見上げながら、「平和」という言葉の重みを、改めて噛み締めた。


旅の締めくくり ——新幹線の一杯と、翌日の935歩

広島駅から新幹線に乗り込み、缶ビールを開けた。

車窓から流れる景色を眺めながら、この3日間を振り返る。岩国の戦闘機。宮島の御祈祷。弥山の絶景。お好み焼き。平和記念資料館。

どれも、予定通りではなかった。流れに任せて、足の向くままに歩いた結果がこれだった。

東京に戻り、翌日のスマホを見て笑った。

935歩。

完全に、出し切っていた。


旅は「生活を軽くする」ためにある

冒頭で書いた「ゆっくり行こう」は、結局実現しなかった。

でも、それでよかったと思う。

旅の目的は、非日常を味わうことだけではない。歩き回って疲れ果てることでもない。

「日常に戻った時、少しだけ生活が軽く感じられること」——それが、旅の本当の意味なのかもしれない。

3日間で55,650歩。翌日の935歩。

この極端な落差が、今回の旅の充足感を物語っている気がする。

また、どこかへ行こう。次はどこにしようか。

そんなことを考えながら、この記事を書いている。


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執筆後記(ウククより)

今回の旅行記は、いつものレビュー記事とは違い、自分の体験をそのまま書きました。でも、「生活改善」の視点は変わりません。旅も、日常も、すべては「自分の生活を少しだけ軽くするため」にあると思っています。

読んでくださった方が、「自分もこんな旅がしたい」と思ってくれたら嬉しいです。

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